あさひ学園 - Asahi Gakuen文科省・外務省支援
ロサンゼルス補習授業校

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卒業生・同窓生便り

第五十三回 二宮 正孝 Kevinさん

Ninomiya Kevin

二宮正孝Kevinさん略歴
2006年3月 サンゲーブル校(旧インダストリーヒル校)中学部卒業
2008年3月 サンタモニカ校高等部卒業
(現地校) Warren High School
2012年8月 ドイツインターンシップ参加
2013年5月 UC Berkeley機械工学専攻 大学卒業
2014年8月 サンディア国立研究所 インターンシップ参加
2014年12月 UC Berkeley機械工学専攻 大学院修士課程修了
〜2018年8月 ミネソタ州で空調メーカーDaikinにエンジニアとして勤務
現在 シリコンバレーでDaikinに戦略・企画メンバーとして勤務
  サンタクララ大学夜間ロースクールに在籍中

「ポスト・パンデミック第一号 現在、過去、未来 時代とともに変わる一期一会の形」

簡単な自己紹介をお願いします

はじめまして。二宮正孝Kevin、29歳です。アメリカではKevinで通しています。

現在、シリコンバレーでDaikinという世界規模の空調メーカーのオープン・イノベーション部門で事業企画・戦略系の仕事をしています。同時にサンタクララ大学の夜間ロースクールで、弁護士になる勉強をしています。その他にも、SENDforCという起業家育成を目的とした教育系NPO団体を設立し、今はその代表理事をしています。また、大学時代に知り合った日本人の親友が日本でSciFi Prototyping(SF的想像力を基にイノベーションから生まれる未来の形を描くというコンサル手法)を使い企業のイノベーションを支援するコンサル会社Anon株式会社を始めたので、そこの戦略アドバイザーも務めています。

常に笑いや面白みを求め、仲間と夢やゴールに向かって切磋琢磨することが好きな性格です。面白い技術に興味があり、どうすれば新しい価値を生み出せるか四六時中考えています。ただ、弁護士の勉強をしているからか、少し理屈っぽいところもあるかもしれません。(笑)

 

あさひ学園では、どんな生徒でしたか?

小学校の時はおしゃべりで、よく叱られていました。仲間で何かをすることが好きな子供だったので、面倒なことは私に回ってきていたかもしれません。親が厳しかったので、宿題はやっていたというよりもやらされていた感が強かったです。

仲間と会って話をしたり、日本やアメリカの玩具や文房具やアニメの情報などを得るのは楽しかったです。

自身の結婚式で中学部の友人たちと再会

自身の結婚式で中学部の
友人たちと再会

「やめたい」と思うことは、しょっちゅうでした。私の小中校時代は「ゆとり教育(※1)」前で、大量の宿題があって、とにかく大変でした。仲の良い友人が中学に進学しないことを知った時に、「あさひをやめたい!」と親に願いましたが、親から「取り敢えず親のために行ってくれ」と言われ、中学時代は親のために行っていました。でも、中学時代にできた仲間との思い出は最高で、あさひ学園の高校進学は自分で「進学したい」と決めました。中学卒業式の時、両親にあさひをやめさせないでくれたことに「ありがとう」と言いました。

 

高等部のミニ・ビデオ同窓会

高等部のミニ・ビデオ同窓会

私が中学や高校の頃は、今でもタイトルを聞けば分かるぐらい有名な学園ドラマが日本では流行っていました。ですから、あさひ学園には、学園ドラマで見る体験を求めて行っていたという感があります。学校が終わったらすぐ帰宅するよりもカラオケに行ったり、休みの日も運転して友達に会っていた気がします。気づけば、現地校の友達より会っている頻度は多かったかもしれません。当時のクラスメートは日本やアメリカだけではなく国際的に活躍している人もいますが、多忙中にもお互いに時間が合えば、今でも会う約束を交わします。実は、昨今の新型コロナウィルスの影響もあり、当時の同級生と先日ビデオ通話システムを通してミニ同窓会を開きました。ボストンにいる友人、ロスにいる友人、日本にいる友人とで国境や時差を超え、久しぶりに話しました。「最後に会ったのは、いつだっけ?今、どんな仕事をしているの?ああ、そんなことを言っていたよね。」などお互いの現況や昔話で盛り上がりました。ついこの間だったと思える卒業式ですが、既に10年以上経っていて、僕ら全員もうすぐ30歳です。中には子持ちや既婚者など、それこそ在校生の皆さんからすれば、見た瞬間「おじさん」認定されそうな姿を久しぶりに見せ合いました。(笑)あさひ学園も非常事態にも限らず、ビデオ通話システムのZoomでの授業に切り替えるなど、生徒の教育に対する多大なサポートを感じられ、卒業生として誇らしく思えます。

 

がんばってあさひ学園での勉強を続けたことに対して、どのように思いますか?

インターン時代のフランス旅行で

インターン時代のフランス旅行で

日本語と日本の文化を学んだことで、アメリカにある日系企業の拠点に就職し、即戦力になれたと自負しています。どんな習い事にもコツがあると思いますが、言語や文化を学ぶにもまたコツが必要と思います。そして、そのコツは別の言語や文化を学ぶことや異文化の方と交流するにも応用できると思います。少なくとも、私は子供の頃から異文化や言語を学ぶトレーニングをしていたからか、大学時代にインターンで行ったドイツや会社の研修のために行った日本、出張で頻繁に行った中国など、どこの国にいても文化の隔てを自然に超えられ、誰とでも仲良くなれたことに感謝しています。

今思えば、よくぞ乗り越えられたものだと思いますが、あさひ学園と現地校の両立についても、調整をしていたという記憶は特にありません。ただ、あさひ学園を卒業した後でも同時にいろいろな団体に所属したり、業務を行ったりと常に両立が必要な場面が多く、もしかすると、あさひ学園と現地校との両立で知らぬ間にそういったスキルを身につけていたからこそ必然的にできているのかもしれません。

 

どうしてバークレーで学ぼうと思ったのですか?また、今も学ばれるとのことですが、何を学ばれているのですか?

子供のころから「ドラえもんを作りたい」と思っていました。ですから、とりあえずロボットを作るエンジニアになろうと思いました。UC Berkeleyを選んだ理由は、案外シンプルです。最初は単純に機械工学の分野で優れていると聞いたUC Berkeleyか地元大学か迷いましたが、よく調べればUC Berkeleyはシリコンバレーに近いこともあり、卒業生はStartupの起業家が多いことを知り、高校の時からいつか起業したいと夢見ていたこともあり、「面白い!自分も夢を追いかけよう!」と決意しました。

私は大学と大学院で機械工学を学び、特にデータを活用しモノづくりをより効率的に且つ環境にやさしい工程を見出す研究をしていました。今は、更に社会や会社に貢献するため、サンタクララ大学付属の夜間のロースクールで弁護士の勉強をしています。敢えて専門を言うならば、M&A、会社更生やVC/PE投資などに関わる法律に近いと思います。

 

どのような大学生活でしたか?

大学の機械室で

大学の機械室で

最初の1-2年は、辛いキャンパスライフでした。手際が悪く、どんなに時間を掛けても課題が終わらなかったり、どんなにテスト勉強してもギリギリ単位をもらえるぐらいの成績しか取れませんでした。そんな途方にくれていた時期に、授業のアドバイジングで出会った教授が機械工学部の学部長でした。日系企業が研究室のメイン・スポンサーということで、研究室に入ってみないかと誘ってくださいました。その後、教授の推薦もあり、ドイツで生産技術系のインターンシップに参加し、アメリカに帰国してからの大学人生は一転しました。勉強との両立はすごく大変でしたが、その当時借りていたアパートの住人や友達とバーベキューや鍋をしたりして、充実した生活でした。

 

大学時代に仲間と

大学時代に仲間と

卒業後、当初はエンジニアとして就職したのですが、今は企画系の仕事をしており大学で学んだことはあまり使っていません。でも、出会った友達、教授、仲間との良い思い出ができたことや関係を保てたことは、とても良かったと思います。親から離れて自分がどういう人なのかということを探求できたことも良かったです。ロースクールの勉強は、フルタイムの仕事をしながらなので大変だったりします。でも、最近では慣れてきました。そして、嬉しいことに、弁護士の助手として携わったB Corporationに関する研究内容(※2)が、Oxford大学のOxford Review of Economic Policyで出版されました。

 

お仕事について聞かせてください。

職場の仲間と

職場の仲間と

その前は、アメリカにある国立研究所で核技術の平和利用に関する戦略業務にも携わっていました。今は、IoT系のスタートアップと協業し、新しい価値創造を目標に努めています。イノベーション・コミュニティとDaikinの窓口担当としてビジネス仮説作りや他部門、日本にある本社との連携に携わっています。その前は、磁気軸受という磁気を使ってターボ機械(飛行機のエンジンに似たような回転体)のシャフトを浮かせる技術のアメリカ側の開発リーダーをしていました。パンデミック前は、とにかく出張が多かったです。ただ、その分色々な文化の方とフェースツーフェースで接する機会を頂きました。例えば、機械の油や汚れを日本語も英語も分からない中国の工員と拭いた後に言語が分からないのに食堂のご飯を一緒に食べながらスマホを使ったジェスチャーゲームを遊んだり、一方でアメリカの工場の責任者と開発案件で議論したり、会社の役員クラスの方にプレゼンをさせて頂いたりと本当に幅広いスペクトラムの方々と触れ合う機会を会社から頂いています。

 

あさひ学園で学んだことが、現在のお仕事に何らかのかかわりがありますか?

あさひ学園で日本語や日本の文化を学べたことで、今では本職以外のNPO団体や親友の会社でスキルを活かせています。また、もっと大事なこととして、日本語がわかっていたからこそ本当にいろいろな経験や素敵な方との出会いがあって、仕事に限らず私生活でも関わりがあったと思います。

 

将来に対して、どんな夢や抱負をお持ちですか?

将来は、「起業」「技術」「社会貢献」「法律」「新規事業」「ファイナンス」「日英バイリンガル」をキーワードとし、これまでの「エンジニア」や「企画・戦略系」の経験と、今学んでいる「法律」や「ファイナンス」の経験を活かし、起業、成長、再生を試みる多種多様な企業が(社会貢献を含め)グローバルに活躍できることを支援・サポートする自分の投資会社を設立したいと考えています。

失敗や意見のすれ違いなど泥臭い場面も沢山あるでしょうが、仲間と一緒に成功に向かって頑張れることは楽しいです。また、お互いへの感謝も生まれ、成功した暁には大きな喜びに繋がると信じています。

 

最後に、後輩たちへのメッセージをお願いします。

人生には、いろいろな道やタイミングがあると思います。早くにつまずいてしまう方もいれば、今は大丈夫でも後に立ち竦んでしまう方もいるかもしれません。ただ、頂上まで何度方向転換や休憩しても、自分の夢に誇りを持ち、「やる気と信念」「最後まで貫き通す決意」さえあれば、きっと、どうにかなります。「波風立てないよりは、立てること」です。私も、そうしてずっと自分の夢を追い続けます。

最後に、今回私の投稿がポスト・パンデミックで初号となるのかなと思われます。タイトルにあるように、皆さんがこれから経験されること、またその方法は、誰も経験したことがないことが多いかもしれません。少なくとも、私が学生の頃には想像もつかなかったです。生活習慣など、色々と調整が必要になると思われますが、周りと一緒に助け合いの心で頑張っていきましょう。


参考:

※1 ゆとり教育:無理のない学習環境で子供たちが自ら学び考える力の育成を目指した教育
※2 B Corporationに関する研究:社会貢献も視野に入れた株式会社を今後増やしていくための研究。「短期的に計上される利益だけに着目するのではなく、知らず知らずのうちに会社がもたらしてしまう目に見えにくい社会的コストも視野に入れ、ロングスパンでリターンを狙うことが社会貢献もしっかり行う会社を生み出す」と会社のオーナーである株主の心理から変えていく必要性をうたっている研究内容。

 

何事も前向きに捉えられ、仲間と共にチャレンジし続けていらっしゃる力強いお話でした。これからも夢に向かって活躍されることを願っています。
お話を聞かせてくださり、ありがとうございました。

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