あさひ学園 - Asahi Gakuen文科省・外務省支援
ロサンゼルス補習授業校

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卒業生・同窓生便り

第五十回 ベッカー 志麻 さん

志麻 Becker

ベッカー 志麻さん略歴
在籍トーランス校 小学部3年-中学部 卒業
(現地校) Torrance High School
大学El Camino College 卒業
現在SoftBank Telecom America 勤務

「諦めず、目標に向かって精一杯頑張ればなんとかなる」

米国に生まれ、幼年期を一時日本で過ごされ、現在はSoftBank Telecom Americaで法人営業としてご活躍中のベッカー志麻さんにお話を伺いました。

日本で生活をされていたとのことですが、いつ頃のことですか? またあさひ学園で学ばれたのはいつ頃ですか?

北海道札幌

2歳になる前に、父の希望で母の実家がある日本の北海道札幌に移りました。そこで数年間暮らした後米国に戻り、小学部3年から中学部3年までをあさひ学園トーランス校で学びました。

あさひ学園での生活で一番強く思い出すことは何ですか?

宿題のことです。 毎週土曜日に出される宿題のドリルやプリントはもちろん、予習を翌週の授業にまで間に合わせるように毎日効率よく勉強するように心がけていました。
今でも「当時の私は真面目だったなぁ」と思うことがあります。現地校からも毎日宿題が課せられ、テストの勉強をする必要があります。それは学年が上がるとともにハードルが高くなり、時には現地校の課題であさひの宿題や勉強をする時間がなく、金曜日に一週間分の課題を一気に朝方までに終わらせて、寝不足の状態であさひに登校することもありました。あさひ学園の宿題は1週間分の課題なので、自分で効率とバランスを考えで勉強できるという状況を作ることができましたが、現地校からの課題は予想することが困難で、時として、あさひ学園の宿題や勉強に費やす時間が全く取れないということもありました。
通常、金曜日は「現地校は宿題をする必要がない日」で、現地校の生徒にとっては学校が終われば遊びに出かけられる「素晴らしい日」です。しかしあさひ学園で学ぶ私にとっては、あさひ学園の課題を必死で終わらせるという「地獄の金曜日」となり、夜10時になっても終わる気がしない、時には辛さと苛立ちが混じった複雑な気持ちを抱きながらひたすら涙を流すという経験を何度かしました。あさひに通っていなかった現地校の友達がとにかく羨ましく、「なぜ私だけがみんなの倍も勉強して、しかも毎週1日しか休みがないのだろう...」と思い、「もう行きたくない」と言ったことが何度もありました。
そんな苦しい思い出ですが、あさひ学園には現地校とはまた違った雰囲気や楽しみ方がありました。ですから、課題や勉強を除いて、いつの間にかあさひ学園に通うことが楽しみになっていました。 現地校では会えない友達に会える喜びや休み時間やお弁当の時間には日本の好きなアイドルの話題で「キャーキャー」言っていたのは、今でも忘れられない良い思い出です。

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小学校を日本の学校でスタートさせたということもあり、アメリカに戻っても最初は現地校に慣れず、何度も日本に戻りたいと思うこともありました。そんな私にとって、あさひ学園は唯一日本で通っていた学校を思い出せる「心地よい場所」でもありました。
週1日の補習校ですが、あさひ学園は授業だけではなく、フリーマーケットや運動会等の家族も含めて楽しめるイベントや、日本と同じような入学式や卒業式もあったので、今思えば「日本を忘れさせない、本当に素晴らしい学校」だと思います。

高等部への進学も考えらましたか?

卒業する数ヶ月前までは、ただ単に「早く中学部を終わらせて、あさひ学園から解放されたい」という思いでしたが、卒業日が近づくにつれ、この先日本の雰囲気を味わえる授業が受けられなくなると寂しい気持ちにもなりました。そして、「できることなら自分の日本語力に更に磨きをかけるため高等部に進学したい」と、母に進学を相談しました。しかし、当時は高等部が自宅から片道1時間程離れたところにしかなく、現実的に継続することは難しいということで断念することになりました。 それからは考えを切り替え、「卒業すれば解放だ!」と、残りの数ヶ月は精一杯頑張りました。

卒業式はあなたにとって特別なものだったそうですが、どうしてですか?

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大好きな祖母が日本からアメリカに遊びに来た時期が、丁度あさひ中学部卒業式の時期でした。
ですから、「両親と共に祖母にも一緒に祝ってもらえたこと」そして、この先の土曜日はあさひの日ではなくなるという寂しさの反面、「解放された喜び」があり、このことで一生忘れられない卒業式となりました。
翌週からは現地校の課題だけで、今までこなしていた課題が半分になり、しかも土曜日に学校に行く必要がなく休みだという不思議な気持で、逆に「本当にこれで良いのか?」と悩まされたこともありました。

「あさひ学園」の経験や生活は、現在のあなたにどのような影響を与えていると思いますか?

在籍中は、あさひに通わせた母に何度も腹を立てていました。数え切れないほど「行きたくない」と騒いでいたかと思いますが、今となっては、諦めずに上手く私を説得し、卒業まで導いてくれた母にとても感謝しています。「あさひ学園で学んだ」おかげで、現在、私は職場でも日本語を活かす事ができていると思っています。在籍当時は「辛い」と思っていましたが、今となっては「良い思い出」です。幼い頃から「(現地校とあさひ学園を)両立させる」ということが当たり前になっていたため、複数の事を同時にやり遂げるということが自然と身についています。
また、当時、私はある日本のアイドルが大好きでそのコンサートの情報等を知るためにも、日本語力を得る必要がありました。年頃だったということもあり、アイドルのことで母の助けを求めたくなかったので、自分でファンクラブに登録をしたり、コンサート情報を入手し、日本に住んでいる10代とあまり変わらない日々を過ごしていました。知人にも、「本当にアメリカに住んでいるのか?」と思われるほどの、日本の情報を取り入れていました。何においても諦めず、知りたいことや目標に向かって精一杯頑張れば、「何とかなる」のだと実感しました。
その信念は現在も変わらず、何かにつまずいたとしても「まぁ何とかなるだろう」と諦めずに頑張るように心掛けています。

当時のお友達とは、今も交流はありますか?

気付けば勤務先の同じビルで働いているあさひ学園の同級生がおり、たまたま会社が一緒になった同級生もいます。部署は違いますが、何かの縁だと思います。今では、お互いに力を合わせてプロジェクトを進めようとしている状況になっています。数年前には、偶然にも同じタイミングで職場が一緒になった当時の同級生もいました。
卒業後は定期的にみんなで集まって、頻繁に遊びに行くことはありました。今はソーシャルネットワークという便利なツールもあるので、遊びに行くことは殆どなくなってしまったのですが、たまに連絡を取ることはあります。

大学では何を学ばれたのですか?

高校を卒業した頃はCosmetology専攻したいと考えていましたが、経済的なことや将来の職の選択肢なども考え、El Camino CollegeでBusiness Managementを学びました。当初はInternational Business Management専攻でしたが、学校のスケジュールの関係で取りたいクラスを受けることができず、結局はBusiness Managementを学びました。仕事と学校を両立する必要があった為、一番効率が良いと考えたのが、El Camino Collegeでした。 朝から昼過ぎまで仕事をし、休む暇もないまま大学に通っていました。座ってご飯を食べる時間もなく、運転しながらご飯を食べることもしばしばありました。(危険なので、真似しないで下さいね)
大学ではビジネスについてのリスク、経理、経済、法律やビジネススピーチ等、社会で活用できる様々な知識を得ることができ、自然と仕事に活かす事ができてきたと思っています。当時の高校では今日日常的に対応する必要があるビジネスメールやパソコンソフトに関してはほとんど学ぶことがなかったので、大学で学べて本当によかったと思っています。

今は、どこでどんなお仕事をされているのですか?

SoftBank Telecom Americaで、法人営業に携わっています。法人相手の営業なので、個人のお客様と関わることは殆どありません。これまでのお客様対応とは全く違った形で、お客様にアプローチする必要があります。弊社の商材をいかに良く案内できるかが重要になってきますが、結局は(数字?)結果にならなければ、営業として認められません。営業の仕事をしながらも、日本語だけではなく、英語で関連会社やお客様とやり取りや交渉することが多々あり、日本人には極力日本人らしい対応、アメリカ人にはアメリカンな対応をするように心がけています。
また、入社して1年弱で新規事業を展開するチャンスを得ることもできました。そして、昨年は海外事業でもっとも優秀な成績を残した人材に与えられる「ソフトバンクのグローバルアワード」を受賞することができました。私ひとりだけの力ではできなかったことでしたが、この受賞により、更にモチベーションが上がり、できるだけ会社に貢献できればと思っています。

どうしてこのお仕事に携わろうと考えられたのですか?

これまで様々な仕事をしてきましたが、数年前に今まで踏み入れることのなかった携帯電話販売業界の企業から仕事のオファーをいただきました。当時は携帯電話や通信業界については一般的な知識しかなかったので新しい仕事に不安を感じましたが、新しい仕事にチャレンジをすることにしました。そして、日々携帯電話や業界の勉強をした結果、店長にまで昇格することができました。その後、同じような業界でより自分の力を活かしたいと「SoftBank Telecom America」に転職し、今に至っています。

現在のお仕事についてどのように感じられていますか?

やり甲斐があります。通信業界は日々変化があり、その変化についていくのが大変なこともありますが、今までそれ程感じていなかった「変化」という刺激によって、良い面で、最近は自分が大きく変わったと感じています。仕事をしながら、プライベートにも活用できる知識を自然に得ることができ、会社・上司・同僚にはとても感謝しています。
前の仕事も日系企業だったため日本語を活用していましたが、新しい仕事になっても日本語を活用できる企業が良いと思っていました。そして、今も、毎日を日本語と英語を活用することができる「私にとっては大変望ましい環境」にある職場です。

将来の夢や抱負をお聞かせください。

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世界一周とまでとは言いませんが、様々な国に行ってみたいと思っています。ですから、年に1度のペースで、行ったことのない国やアメリカ国内や日本国内旅行をするようにしています。
幼い頃から毎年日本には行っていますが、まだ見たことのない世界を感じることで、今までの価値観や視点が変わることに衝撃を受けたいと、世界遺産を含め、未知なるところに行きたいと思っています。
将来の夢は自分の中に秘めておきたいのでここではお話できませんが、目標は「生涯、身も心も常に安定した健康的な生活をする」ことです。

最後に後輩たちへのメッセージをお願いします。

現地校とあさひ学園を両立させるのは、簡単なことではありません。「あさひ学園で学ぶこと」を辛いと思う時があっても、勉強していて絶対に後悔することはありません!必ず「日本語を勉強しておいてよかった」と思える日が来ると思います。
私はハーフだからということもあり、外見から「日本語はできないだろう」と思われます。しかし、日本語を話し始めると「お上手ですね」から「どうしてそんなに日本語お上手なの!?」に変わります。そこで「あさひ学園に通っていました」というと、「それだからなのね!」と先方の方は私の日本語力に納得されます。「あさひ学園に通っていた」ということが、どれだけパワフルで誇らしいことなのかを、大人になって初めて気づきました。 将来、家族にだけではなく、今頑張っている自分に感謝する日がくると思います。
「みなさん、諦めず、頑張ってください!」


「ネットワークを構築してより良い結果を得る」そんなことを求められる日進月歩のIT業界で活躍されるベッカーさんの今後のご活躍を応援しています。がんばってください。

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