あさひ学園 - Asahi Gakuen文科省・外務省支援
ロサンゼルス補習授業校

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卒業生・同窓生便り

第三十三回 岩永 雅義 さん

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卒業生・同窓生便りの第33回は新日本監査法人の岩永雅義さんからです。あさひ学園には小4から中3までパサデナ校に通いました。小学3年まで日本にいたため、日本の文化、特に運動会は楽しみでしたが、あさひと現地校での勉強の両立は大変だったようです。現地の高校を卒業後、慶応大学経済学部に進学しましたが、それは米国に来た時から考えていたことだったようです。卒業後は富士通に就職、会社の持つソフトウエアーやハードウエアーを外資系の顧客に斉藤さん(第30回目の卒業生・同窓生便りの寄稿者)と一緒に営業活動を行いました。数年後、営業面での実績が認められ、企業派遣でVanderbilt大学のMBAプログラムに留学、在学中に米国の公認会計士の資格を取得しました。帰国後、会計士の資格を生かすべく、新日本監査法人に転職、現在は国際部で多国籍企業を担当されています。また、将来は国際税務の分野で働くべく、税理士の勉強もされています。在校生の皆さんには日本に帰国する人だけでなく、米国に残る人にとっても、日本人のアイデンティティを持っていることは将来に役に立つものであり、あさひの勉強に頑張って欲しいことを伝えてきています。

ボーダーレス時代を生きるための土台づくり

現在の仕事の内容

現在は新日本有限責任監査法人で会計監査に携わっております。会計監査とは、投資家向けに上場企業等の財務諸表が適正に作成されているかどうかを独立した立場で様々な監査手続きを行い意見を表明する仕事になります。社会的にも大変責任が重い仕事でありまして、このような意見が表明できるのは国家が認める資格である会計士しか出来ません。日本であれば公認会計士がその資格に当たり、アメリカであればCPA(Certified Public Accountant)がそれになります。私はアメリカのCPAを取りまして、2008年7月から新日本有限責任監査法人の国際部で会計監査に従事しております。この会計事務所はBig 4の一つであるErnst & Youngと提携しておりまして、自分が所属する国際部という部署は名前のとおり多国籍企業を多く担当するところで、世界各国のErnst & Youngと連携をしてグローバルに会計監査を実施しております。

現在の仕事を選んだ理由

私は1999年に大学を卒業して、新卒で富士通株式会社に入社致しました。そして、海外営業部門に配属され、富士通がまだまだ開拓できてなかった外資系の製薬会社や金融機関を担当し、富士通が提供するITに係るソフトウェアやハードウェア並びにサービスを提案する日々を送っておりました。この職場で第三十回に寄稿されている齋藤源太郎君と一緒にチームを組み、競合と激しい競争を繰り広げ、沢山顧客を開拓し、大いに暴れました。徹夜もよくあったので苛酷な労働環境であったのですが、今となればそれが今の自分にとても役に立っております。齋藤君も同じ思いであるといいのですが(笑)、とても充実した日々でした。そしてそこでの実績が認められ企業派遣でVanderbilt大学にMBA留学をさせて頂くこととなったのですが、そこの勉強で会計学に出会いとても面白みを感じたのです。会計学という学問は企業の財政状態や経営成績をどのように記録して評価いくのかということを勉強する学問になります。私自身企業に勤めてながら、企業の通信簿でもある財務諸表がどのように作成されるのかを全然知らないことに気づき、とても恥ずかしい思いをしたのと共に、この機会に是非極めたいという思いにかられ、留学期間中にCPAの試験にも合格しました。そして試験に合格したからにはその知識を活かせる仕事につきたいと思い、2008年7月から現在の会計事務所にお世話になっているところです。

大学や大学院で専攻科目の選択理由

大学は慶応義塾大学経済学部を卒業致しました。お恥ずかしい話なのですが、これといった具体的な理由があって経済学部に進学したのではなく、理数系よりは文化系、そして文化系でも法律ではなく経済を勉強したいと極めて単純な理由で決めました。自分の父親が弁護士をやっている関係もあり、10代の多感な頃は法律というものにアレルギーを感じていたので法学部は絶対行かないという思いがありました。今思えば大変あきれる程単純な選択理由です。ただこだわったのは日本の大学への進学でした。私は高校までアメリカにいたのでアメリカの大学に進学する選択肢もありました。ただ自分自身は日本人であり、大学は日本に帰るという思いをアメリカに移った当初から思い描いてたので、初志貫徹いたしました。これについては今でも後悔してません。大学院は上記でも述べましたが、Vanderbilt大学にMBA留学いたしました。ビジネスに携わる身として、ビジネスを体系的に学びたいという思いが生じたのと、ビジネス判断とはどのような思考プロセスを経て意思決定されるのかを事例も踏まえて学びたいという強い思いがあったため、進学いたしました。テネシー州のナッシュビルという町で二年間過ごしたのですが、とても充実した日々を送りました。勉強内容もさることながら、アメリカの南部というカリフォルニアとは別の国のような土地で過ごし、アメリカの違った側面を見れたのがとても良い経験となりました。

あさひでの生活、勉強、在籍年数、思い出(楽しかったことや苦しかったこと)

あさひは小学校4年から中学3年までの6年間過ごしました。最初の一年間はSan MarinoのHuntington沿いにある校舎で、その後の5年間はSouth PasadenaのFair Oaksの校舎でした。楽しかったことと言えばやはり現地校にはない運動会でしょうか。私は小学校3年までは日本にいたので日本の学校文化も経験していたため、現地校にはなく日本の学校にはあるものをとても 恋しく感じてました。そういうさみしさを満たしてくれたのはやはり運動会でありました。後は中学生になったときは同級生で気になる女の子がいたりしたので行くのがいつも楽しみでしたね(笑) 苦しかったことといえば勉強でした。私はとても勉強が嫌いな人間であったため、現地校とあさひの二刀流はとても苦痛でした。特に金曜日はつらかったです。現地校の友人に土曜日遊ぼうと誘われてもそれを断って夜に土曜日に向けて宿題をこなすのがとても苦痛でした。ただこの時にあさひで勉強したおかげで、恥ずかしくない程度に日本語を保つことが出来て、その後の自分の人生の助けとなりました。

将来の抱負

私は現在税理士になるべく勉強をしているところであり、将来は国際税務の分野で働きたいという思いを持っております。これからボーダーレスの時代を迎えるにあたり、日本の企業はますますビジネスを様々な国へ展開します。その際にはビジネス上様々な課題が浮上しますが、税務上の課題も企業戦略を左右させるぐらい大きな影響力があります。企業がそれらの課題を解決するサポートができるスペシャリストになり、最終的には日本の経済活動をより活発化させるための貢献が出来れば幸いと考えてます。

あさひの在校生へのメッセージ

私がいた時代はあさひは主に日本へ帰国する方々が大半を占めておりましたが、現在はアメリカに永住する方々も多く在籍されていると伺っております。私の両親はまだロサンゼルスに在住しており、友人も多く住んでいるため、ロサンゼルスは東京と同じくらい私にとっては故郷です。私自身日本へ帰国した身ではありますが、永住者の方々にもとても親近感をわいております。そしておそらく永住者の方々には果たしてあさひ学園での勉強が今後アメリカで生活していく上で役に立つのかと疑問を抱かれている人もいるのではないかと思います。何故そう思うのかと申し上げると私のあさひの同級生で永住者の人がいて、彼はそのような疑問を抱きあさひを辞めていったからです。確かにあさひでの勉強は目に見えるかたちでアメリカでの生活に役に立つとは 言いがたい部分もあります。しかしながら、どこで生活をしようと、自分自身に日本人の血が流れているというのは動かない事実であり、日本という国、文化というものは今後どこに行っても様々な形で自分に関わってきます。それを感じたのがテネシーでの生活でした。テネシーはカリフォルニアとは違い古き良きアメリカが残っている土地柄であり、アジア人の人口はとても少なく、町を歩いている人も大半が白人という所でした。ビジネススクールの同級生とのリレーションシップを築くにあたっても、自分自身が日本という国、文化を紹介することにより築きました。それが実現できたのも、10代の一番感受性が高い時期にあさひで勉強したからだと思っております。現地校とあさひの両立は私も経験したので大変さはとても理解しております。楽しいことばかりではなく、苦しいことも沢山あると思います。しかし、あさひでの経験は将来必ず役に立ちます。これは断言します。是非皆さんの将来を明るくするべく、あさひでの勉強を頑張ってください。応援してます。

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