あさひ学園 - Asahi Gakuen文科省・外務省支援
ロサンゼルス補習授業校

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卒業生・同窓生便り

第三十一回 前田 育穂 さん

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卒業生・同窓生便りの第31回は朝日新聞の前田育穂さんからです。あさひ学園にはお父さんの転勤に伴い、パサデナ校の小学6年生から中学3年生まで通われました。米国へ来た 当初は英語が話せず、現地校の授業には大変苦労されました。しかし、やがて現地校、あさひ、高校受験の3つを乗り切り、学力的にも精神的にも強くなられたようです。日本へ帰国後、ICU高校へ進学、ボランテイア活動を通じて、日本に住む外国人の子供たちへの教育に関心を持ち始め、そのことから、慶応義塾大学の総合政策学部へ進学しました。大学では比較文化論や非営利組織論を学ぶ一方、中国人の子供たちへの教育支援活動も続けました。卒業後、報道への関心から朝日新聞に入社、山梨県や青森県の支社に勤務し、外国人の現状について連載記事を書くなどの機会を経験しました。その後、5年ぶりに東京本社に戻り、結婚や育児休暇を経て、現在は生活グループで子育てや介護などの問題に取り組んでいます。在校生へのメッセージとして、一兎だけを追うのではなく、二兎、あるいは三兎を追う意気込みで、毎日を過ごしてもらいたいことを伝えてきています。

一兎だけを追うより、二兎、三兎を!

1) あさひ学園での思い出

こんにちは。朝日新聞で記者をしている前田育穂と申します。父の転勤に伴って渡米したのは、ちょうど20年前の1989年。今はなきパサデナ校に、小学6年から中学3年までの計4年間、在籍していました。
渡米当初は英語が全く話せず、現地校の授業についていくのが大変でした。私も含め、当時のあさひ学園には、いずれ日本に帰国する予定の人が多く、皆、現地校とあさひの勉強に高校受験の準備という「3足のわらじ」をはいて日々を乗り切っていました。宿題や試験勉強でへとへとになりましたが、学力面でも精神面でも鍛えられたように思います。

2) 現在の仕事内容

現在働いているのは、東京本社の生活グループという部署です。衣食住から子育て、介護など、日々の暮らしに密着したニュースを取り扱うセクションで、私は主に子どもと高齢者に関するニュースを取材し、記事を書いています。
入社して10年目になりますが、この仕事の最大の魅力は自分が「話を聞いてみたい」と思えば、著名人でも市井の人でも、誰にでも自由に会いに行き、話が聞けることです。力量不足でうまく話を聞き出せないことも、もちろんあるのですが…。
仕事で英語を使う機会はあまり多くはありませんが、外国人スポーツ選手にインタビューをしたことや、ヨーロッパに原子力エネルギーに関する取材に行ったこともあります。

3) 記者を目指したきっかけ

記者を志望したのは、アメリカから帰国後、ICU高校3年生の時に参加し始めた、あるボランティア活動がきっかけでした。日系ブラジル人や中国人、フィリピン人など、親の仕事や結婚で日本に住み、日本の学校に通う外国人や国際結婚の子どもたちに勉強を教えるボランティアです。私自身も英語で苦労したため、同じ立場にいる外国人の子どもたちに、自分の海外体験や英語をいかして何らかのサポートができたら、と思ったのです。 活動を続けていく中で、子どもたちが文化の違いからいじめにあっていることや、日本にはアメリカのESLのような、日本語を母語としない生徒向けの統一的なカリキュラムがないことなどを知りました。
グローバル化に伴い、日本社会の「内なる国際化」は進む一方なのに、人々の意識も、社会の制度もその変化に対応できていない。帰国当初は漠然と、「将来は海外で働きたい」と考えていたのですが、ボランティア活動をする中で、日本にいながら国際問題に携わる道もあるのではないか、と考えるようになったのです。そうした問題の解決方法を学びたいと考え、96年、慶応義塾大学総合政策学部に進学しました。

4) 学生時代

大学では比較文化論や非営利組織論などを受講しました。ゼミは地方政府論を選択。地方自治体の条例制定過程などについて学び、卒業論文は外国人住民施策に熱心な川崎市の条例制定に至る経緯を関係者へのインタビューでまとめました。
ボランティアで関わっていた中国人の子どもたちの本音を聞き出したいと、外国語は中国語を選択し、北京大学への短期留学も経験するうち、あっという間に大学生活は過ぎ、就職を考える時期が迫ってきました。 職業として、外国人問題に関わる方法はないだろうか。多くの先輩たちに話を聞き、悩んだ末、報道というフィールドに魅力を感じるようになりました。

5) 印象に残った仕事と今後の抱負

2000年に朝日新聞に入社後、最初の2年半は山梨県、その後の2年半は青森県の支社に勤務しました。決められた仕事をしながらも、山梨では県内在住の外国人の現状をルポした連載記事を書く機会に恵まれました。初めての連載記事で、印象深い仕事です。
05年からは東京本社へ。同年に結婚後、翌年には娘が生まれました。1年半の育児休業を取得後、08年4月からまた、生活グループに戻って記者を続けています。今後は母親の視点を生かし、子育てや介護など、誰もが安心して暮らせる社会にしていくにはどうすべきか、読者と一緒に考えていくような記事を書いていきたいと考えています。

6) 在校生へのメッセージ

「いずれ日本に帰るのに、どうしていま大変な思いをして、英語を勉強しないといけないの?」渡米当初、よくそんな風に思っていました。現在、あさひ学園に通っている永住組の人たちは、その逆を思っているかもしれません。
でも、社会人になった今は、あの時苦労して本当に良かったと思っています。現地校とあさひ学園の生活を両立させるのは楽ではありませんでしたが、2つの言葉を学び、2つの居場所があったおかげで、人との出会いや経験を広げる機会も2倍になったからです。現地校で落ち込むことがあっても、土曜日にあさひに行って友達に話せば、また元気になれる。逆に、高校受験の勉強が大変なときは、現地校の友達と遊んで気晴らしするなど、2つの社会を行ったり来たりできたことが、私の心の支えになっていました。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」と言われますが、一兎だけを必死に追いかけても、取れないこともあります。最初から一兎に絞るのは堅実かも知れませんが、二兎、あるいは三兎くらいを同時に追う意気込みで毎日を過ごした方が、人生を楽しめるのではないでしょうか?
あさひ学園の同級生とは今でも頻繁に会っています。結婚し、子どもができた人、国際結婚をした人、皆、様々な経験を重ねてきていますが、会えば瞬時に昔に戻れる、幼なじみのような感覚です。皆さんにも、人との出会いを大切に、様々な経験を積み重ねて自分を生かす道を探ってほしいと思います。

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