あさひ学園 - Asahi Gakuen文科省・外務省支援
ロサンゼルス補習授業校

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卒業生・同窓生便り

第三十回 斉藤源太郎 さん

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卒業生・同窓生便りの第30回はユニオンバンク勤務の斉藤源太郎さんからです。米国生まれで、米国育ちの斉藤さんは小学1年から2年まであさひに通われましたが、あさひでの勉強や生活には大きな問題はなかったようです。しかし、お父さんの帰国に伴い、日本へ戻られた後、小学校卒業までは日本の文化や習慣に慣れず、苦しい時間を過ごされたとのことです。しかし、中学以降は帰国子女の受け入れ校である南山国際中学・高等学校へ通われ、自分にあった学校生活を取り戻せることになりました。高校卒業後、中央大学法学部へ進学され、国際経済と法律を勉強、さらに大学3年生の時にニューヨーク州立大学へ留学、両方の大学を卒業されました。大学卒業後、富士通に入社、海外営業部に4年弱勤務しました。しかし、LAに戻って仕事をしたいとの当初の気持ちに変わりはなく、会社を退職され、今はLAでユニオンバンクのWest LA支店で支店長をされています。在校生の皆さんには、自分が育ってきた環境の中で培われた自分をを生かすことを考えながら、世界へ羽ばたいてもらいたいことを強く望まれています。

世界へ羽ばたく航海準備「あさひ学園」

1.現在の仕事の内容

現在、ユニオンバンク、West LA支店の支店長をしております。一言でいうと自分の役割は船頭だと思っております。大きな海(経済)の中でいろいろな波が押し寄せてくる。その中で如何に自分の船を正しいと思う方向に導くかを考えながら走らせる。船(支店)は一人では動かず多くのクルー(支店の行員)で力を合わせ動かしていく。各クルーは夫々の役目(窓販、口座開設、ローン、証券)を全うしなければ船は沈没してしまうかもしれない。大きな海(経済)の中でいろいろな目的を持った多くの方々(お客様)が我々の船(支店)に乗船(ご来店)される。大きな海には沢山の船(競合金融機関)があり、そこで、私の船に如何に新規・リピーターとして多くの方に乗船頂き続けるかが勝負となります。これは、我々の船内(支店内)でのサービスや航海に必要な情報(金融アドバイス)をご提供していけるかにかかっております。その中で考えるのはお客様の過去、現在、未来です。これは過去その方(お客様)がどのような航海(預金、投資、ローン等々)をされてきたのか、そして、現在どんな航海をできる状態なのか、そして、将来10年、20年(リタイヤ後のプラン)、もしくは、孫の代(相続、トラスト等々)には、どのような航海を予定されているのかご相談頂くという事です。海の天候は常に晴天、曇り、大波、嵐と変わって行き夫々天候に合わせていろいろなサイズの船の乗船術をお伝えして行き、生涯・先祖代々の航海専門ガイドとなることを目指しております。

2.現在の仕事を選んだ理由

大学卒業後は、富士通株式会社入社し海外営業部にて4年弱ほど勤めました。選んだ理由としては、これから富士通のような会社はいろいろとグローバル展開をするチャンスがあり自分が活躍できるであろうと思ったからでした。 ただ、入社前より何らかの形(駐在・留学・退社)でLAに戻ろうと始めから決めておりました。そのため、渡米前までに日本のビジネス文化の基本を会得し、LAに戻ってから後ろ髪が引かれるようなことや「たら、れば」が絶対無いようにと仕事に専念しました。 結果的に退社しLA直行プランとなりました。富士通時代は平均労働時間は長く、土曜出勤も多かったため仕事体力は相当つきました。これは今でも自分の強みとなっております。
ユニオンバンクの支店長職を選んだ理由はいろいろな人に会える、人のためになる、信頼できるチームとともに目標に向かって走ることができる仕事だと思ったからです。働き始めると、予想以上でいろいろな業界の人に会え直接そのビジネス談や、個人談を聞けるのが最高です。私はいろいろな方の本を読んでも、どうしても頭の片隅でゴーストライターが書いたのでは、もしくは、印税を稼ぐために書かれた本なのではと懐疑心をもってしまいます。そんな私にとっていろいろなビジネスや個人の紆余曲折や成功談を直接聞け、質疑応答ができ継続した信頼関係を築いていける事は大変刺激的な毎日です。

3.大学や専攻科目の選択理由

1996年中央大学法学部、国際企業関係法学科に入学。国際経済と法律を勉強致しました。専攻の理由は、正直いいますと何となく将来グローバルな仕事に携わりたく法律と経済を勉強していれば、選択肢が沢山できるのではないかという漠然としたものでした。1998年中央大学3年生からニューヨーク州立大学へ3年生として編入し、政治専攻、犯罪学副専攻で2000年卒業。同年、中央大学へ5年生として戻り2001年に卒業。 5年間で二つの学士をとれましたが、勉強は結構大変でした。もし、これが計6年かかる結果となるならば普通に4年間でどちらか卒業し、修士をとるというほうが要領がいいかもしれません。

4.あさひでの生活、勉強、在籍年数、思い出(楽しかったことや苦しかったこと)

私は、小学校1・2年生の平日はアメリカの公立小学校に通い、土曜日はあさひ学園というパターンでした。毎週ある漢字テストに向け母親に出題範囲から漢字のテストしてほしいと頼んでいたのを記憶しております。1984年私が一年生のとき文集に載せてもらったのに感激した(題名:うちゅうじん)こともよく覚えております。今から考えますと、バイリンガルであるためには必須となる基礎づくりがされたことに大変感謝しております。
小学校3年生に日本に帰国し公立小学校に通いました。語学の壁は当然あり、成績は体育と図工以外はかなり落ちました。又、体操服や赤白帽着ること、爪をきる、ハンカチをもつ事まで学校から求められるのには驚きました。アメリカと違い人種が日本人しかおらず、ラストネームで呼びあう文化も慣れるのに時間がかかりました。しかしながら、あさひ学園での基礎が生き、日本語の授業は段々理解できるようになりました。又、週一回と言えどあさひ学園での友人やそのご家族と遊ぶことにより自然と日本文化を学べました。在校年数は2年間だけだったかもしれませんが、日本に帰国後、大学生時や社会人となってから私もあさひ学園に通っていたという方に何人も会いました。これは不思議なもので同じ学校に通っていたというだけで通学時に面識がなくても、みんな打ち解けやすく今でも良き恩人・友人・先輩・後輩が多くおります。各業界の中で海外部門で再会する確立は違う国でも大変高いです。実際、私が富士通株式の海外営業部で何と2名も元あさひ学園卒業生に会い感激しました。実はこのうちの一人は私に仕事101を教えてくれた良き恩師であり今での頻繁に連絡をとりあう仲です。

5.インターンナショナルスクール(南山国際中学・高等学校)

中学校1年の2学期間は公立中学へ通いましたが個性や特技より受験勉強が一番大事という学校文化に段々と馴染めなくなってきました。勉強できる組みは個性がなく、勉強できない組は個性はあるのだが落ちこぼれレッテルを貼られる中で二つの祖国を持つ自分としてはどちらにも当てはまらず学校へ行く意欲が段々となくなってきておりました。 親はそれを察知し、自分の姉がすでに通っていた帰国子女のみを受入れる南山国際中学・高等学校へ中学校1年3学期より編入。この学校は、文部省カリキュラムに則った授業をするインターナショナルスクールであり、アメリカンスクールと違い大検をとる必要なく大学受験できる学校です。 先輩、後輩、先生間のコミュニケーションは大変フラットであり個性を尊重する文化があるため、ありのまま自分が受け入れられる環境でした。 生徒はいろいろな国からの帰国子女であり、ハーフの人も多く違いがあって当たり前という学校文化でした。 ここで自分の個性が再確認でき大変楽しい6年間を過ごすことができました。当時、決して成績は良くなかったですが、人気だけはあったため、生徒一人一票制度の恩恵に預かり、生徒会長も勤めさせて頂きました。公立の学校文化では、二つの祖国を持つ自分が「多重人格ではないのか、もしくは、誰にも理解されないのではないか」と思っておりましたがそのままの自分が認められる環境はかけがいのないものでした。ここで、違った人の意見を否定するのではなく素直に受け入れられ、迎合的な自分を無くし、自分の意見にも自信をもてる人格が形成されました。

6.あさひの在校生へのメッセージ

日本帰国組とアメリカ現地残留組と分かれるかと思いますが、どちらの場合でもあさひ学園へ通うべきだと思います。 バイリンガル・バイカルチャーであることでいろいろな仕事や勉強のチャンスが広がるのは間違いないからです。進路と就職どちらを考えましても選択肢が多いほうがよりいろいろな人とコミュニケーションができ楽しみと充実感が増すことと思います。 私のように8歳までアメリカ、それで日本に帰国もしくは、その逆パターンの方は、一度中学、高校のいずれかでも数ヶ月か一年程、幼少期に育ったところに戻ってみることを強くお勧め致します。そこで、その国を母国と感じるか、やはり日本を母国と感じるかは本人が行ってみないと分かりません。私の場合、15歳の時にサンディエイゴ20日間のホームステイに行きアメリカが自分の母国であることを再確認しました。この時にいつか自分の力でアメリカに戻って来ることを決意するとともに、日本でやり残したことはないようにしよう思いました。これまで完全放棄していた勉強でしたが日本の大学進学を目指し自発的にするようになりました。これは今から考えますとまさに人生の転機でした。自分の母国(アメリカ)に一時帰国することにより「自分は誰か」そして「自分は何がしたいのか」ということを考えるいい機会となりました。文化の違いによるストレスが大きくなり袋小路的な心境となった時は、一旦その国に戻ってみて下さい。 これから日米両方の文化の中で生きていく上で皆様が私同様、いつか自分のアイデンティティーについて悩む時期が来るかと思います。「自分は日本人でもアメリカ人のどちらでもない」。「自分が二世の場合、実の親とも考えが違う、コミュニケーションがとりにくい」。「誰も自分の気持ちを理解しようとしてくれないのではなく、そもそも育ちが違うため理解できない」。バイカルチャーであることのメリットは沢山あるが、ハンディーも必然的に発生してくる。そこで、大事なのは、ありのままの自分を受け止めることです。 例えば、1年アメリカに住んだらその人は1年分アメリカ人です。ドイツに5年住んだのであればその人は5年分ドイツ人です。そして、これは当然居住地によって常に変動していきます。 こういった中で、自分の境遇をより理解できる人はやはり自分と同じ出身校の人です。似た時期に似た境遇であることが多いと想定されます。そのため、現在の在校生やこれから進学される方へは、あさひ学園で多いに勉学・スポーツに励んで頂き、世界へのパスポートを取得して頂きたく存じます。

私は「Approachable and Available」をモットーとしており、学生の皆様、父母の方で私の助言で何かお役に立てるのであればいつでもご連絡(gentaro.saito@uboc.com)を頂ければと思います。

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