あさひ学園 - Asahi Gakuen文科省・外務省支援
ロサンゼルス補習授業校

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卒業生・同窓生便り

第六回 武内 雄平さん

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卒業生・同窓生便りの第六回は、朝日新聞の武内雄平さんからです。ご家族の関係で、あさひには中学2年から3年まで通われ、異文化体験を共有した友達との関係が今でも続くなど、有意義な学園生活を過ごされたようです。第3回の寄稿者である茅野みつるさんとは同級生です。慶應の中学、高校、大学(法学部法律学科卒)を経て、朝日新聞に入社、16年間ほど経済部記者として活躍され、今は北海道報道センターに勤務しています。多くの取材の中で、在日韓国・朝鮮人の人達の生活を連載した時は、米国での異文化体験で得たものが役に立ったようです。そして、在校生の中から、あさひでの経験を通じて、これからも一層進むグローバルなビジネスの世界で活躍できる人達が育っていくことを強く望んでいます。

異文化の理解は世界を広げる

僕にとって、あさひ学園に通った1年は特別でした。教室での出来事や友達と交わした言葉、走り回った校庭や校舎の風景など、週に1回しか通わなかったにしては、異様なほど鮮明に脳裏に焼き付いています。そういう瞬間を共有した友達とは、いまでも深いところでつながっている気がしています。お互いに異文化のはざまでもがいて暮らしていたという連帯感が、そうさせるのかもしれません。今あさひ学園に通っている人たちも、当時の僕たちと同じような境遇を一生懸命歩んでいるのかと思うと、なんだか応援したくなってきます。そんな気持ちに押されて、筆をとることにしました。

私は今、朝日新聞社の北海道報道センターでデスクをしています。記者から集まる原稿のニュース価値を判断して取捨選択を決めたり、原稿に手を入れて完成品にしたり、読者に読ませたい企画を考えたりするのが主な仕事です。日本の新聞社では、記者が一定の経験を積むとデスクをやるのが通例です。私は入社以来16年間ほど、主に経済記者として過ごしてきました。

なぜ新聞社に就職したかというと、文章を書く職業にあこがれのようなものを感じていたからです。できれば国際的なエネルギー問題に取り組みたいなどと考えていました。エネルギーに興味を持ったのは、圧倒的な豊かさを持つ米国で暮らした経験が根っこにあるように思います。20世紀以降、石油を中心としたエネルギーの争奪が常に世界の動きの軸にあり、豊かな国とそうでない国を生んでいる最大の要因だと思えたからです。ただ、現実には、自分が書きたいものばかりを書いて暮らすなどできるわけもなく、満足がいくほどエネルギー問題と関係のある記事を書いてきたとはいえません。

米国での暮らしや、あさひ学園で過ごしたことが仕事に直接役立つ場面は英語での取材を除くとあまりないのですが、ひとつ、つながるものを感じる仕事をしました。かけ出し記者のころ、在日韓国・朝鮮人の人々について連載した時です。最初の赴任先だった福井県で、在日の人たちが地方参政権を求めて訴訟を起こしたのを機に、かれらの暮らしぶりを取材しました。かれらは今住んでいる日本と、韓国・朝鮮の両方を常に意識していて、ダブルアイデンティティーと格闘しています。歴史的には戦争していた時期もある。日本に住むのは好きだけれど、いわれのない差別を受けることもある。韓国・朝鮮は経済的には日本より遅れていても、自分のルーツとしての誇りも持ちたい。国を米国と日本にいれかえただけで、同じような葛藤を抱いて米国で暮らしていた時の自分と重なりました。異文化の中で暮らした経験がないと、なかなか想像がつかない世界だろうと思います。地方版の連載はつたないものだったと思いますが、私としては最も魂の入った仕事の一つだったと思っています。

最近、韓国や台湾、シンガポール、インド、中国などアジアの国・地域の人々の進出にはめざましいものがあります。グーグルなど急成長している国際企業には、多くの優秀なアジア人が入って原動力になっています。日本のいわゆる「多国籍企業」は、社員のほとんどが日本人で単一国籍である例が少なくないのに比べて、あきらかに人材が豊富です。先端技術を競う分野で、日本が立ち後れないか心配になってきます。今後、優秀なアジア人と世界で互していける人や、日本と世界とをつなぐことができる人が一層必要になると思います。

音楽や文学、美術といった世界でも、複数の文化の中で暮らした経験は、東洋オンリーや西洋オンリーの文化的な背景を持っている場合に比べて、より柔軟で新しい世界が切り開ける可能性があると思います。

私の家族は、私が中2の頃から大学2年になるまで米国にいました。私は中学から慶応の付属校に通っており、休学して家族と米国に住んだり、復学して日本の寮で暮らししたりするのをくり返しました。帰国子女の将来がどうなるのか、かなり不透明に見えたためです。実際、当時あさひ学園の同級生はみんな不安を抱えていたのではないかと思います。しかし、ふたをあけてみると、私と同じ大学で合流したあさひ学園の同級生もたくさんいました。

「あの日に戻れるとしたら」という話はあんまり好きではないのですが、あさひ学園で過ごした日々なら、もう一度過ごしてみてもいいという気がします。そのまっただ中にいる皆さんが、ちょっとうらやましくもあります。

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