あさひ学園 - Asahi Gakuen文科省・外務省支援
ロサンゼルス補習授業校

保護者ページ

卒業生・同窓生便り

第十二回 塚本 壇 さん

卒業生・同窓生便りの第12回は、札幌医科大学付属病院の塚本壇(だん)さんからです。あさひにはパサデナ校で小学5年生から中学3年まで3年半過ごされました。日本語がほぼ出来上がっていた後での米国生活であったため、現地校での英語によるストレスは大きかったようで、あさひでは共通の体験をしている友人との交遊が大きな楽しみとなりました。また米国での体験は偏見差別をなくしたいという気持ちを育て、それが高1で精神科医になりたいという決意となりました。そして、自然の豊かな北海道の札幌医科大学に入学、卒業後は道内の幾つかの病院を経験後、この4月に6年振りに母校の札幌医科大学付属病院に戻ってきました。今後の抱負として、道内の過疎地で、精神医療上困っている人たちを助けてみたいとの気持ちを強く持っています。在校生の皆さんには、日本語と英語の二つの言語をコツコツと勉強し、言葉の壁を克服したコミュニケーション能力に優れた人になることの大切さを伝えてきています。

あさひ学園在校生のみなさまへ

はじめまして。私は8年目の精神科医で、現在札幌医科大学附属病院神経精神医学教室に所属しています。大学病院は臨床・教育・研究の両立が求められる点で特殊な病院なのですが、現在診療医という立場で精神科の外来診療に携わっているほか、研修医および医学生の教育にも携わっています。教室には最先端の研究に精力的に取り組んでいる先生方もいます。

1. 仕事内容

大学病院で2000年5月より1年間臨床研修を受けたのち、浦河赤十字病院、帯広厚生病院、北見赤十字病院の精神科でそれぞれ2年間の臨床経験を経て、2007年4月より大学病院に戻ってきました。いわゆる総合病院精神科で診療に携わってきたわけですが、主な勤務内容としましては…

  1. 外来診療、必要に応じて入院治療の判断
  2. 入院治療、環境調整(家族調整、フォローアップ体制の検討など)
  3. 心理社会的リハビリテーション(精神科デイケア、心理教育など)
  4. 身体科入院中の患者様に精神症状が出現した場合の相談や診療
  5. 救急外来におけるプライマリ・ケア(月1回~数回)
  6. スタッフの教育
  7. サテライト型診療(診察室を借りての出張診療)や往診
  8. 講演などの啓蒙活動、保健所や児童相談所の相談事業、看護学校の講義など

これら以外にもニーズは多岐にわたっており、時間を割り振りしながらできる限りで各分野に協力するようにしています。

頻度的に多くはないのですが、時折海外生活を経験された患者様や、英語しかうまく話せない患者様が見えたりもします。私では役割不足のところもありますが、異文化適応の大変さをわかってくれる医者、自分の言葉で黙って話を聴いてくれる医者として、より頼られる部分はあるのかもしれません。

2. 仕事を選んだ理由

私はパサデナ市近郊で3年半過ごしました(1987年2月~1990年6月、日本では小学5年生の後半~中学3年生の前半)。その中で一番感じたものは、適応努力だけでは到底乗り越えることは難しい「偏見差別」についてなのかもしれません。私の被害的な思い過ごしなのかもしれませんが、過去の歴史や社会的な情勢を受け、「金儲け主義のアジア人」「点取り虫」「予測不能」といった空気が流れていたような気がします。

日本における偏見差別を考えるときに、精神障害者のことははずせません。「偏見差別をなくしたい!」などと大それたテーマを掲げているわけではありませんが、「共に向き合いたい」という気持ちで精神科医になりたいと思ったのが高校1年生のときでした。精神科医になるために医学部に入りたい、大らかな大地で勉強したいと半ばひらめくように決意し、医学部入学に向けて受験勉強にも一所懸命取り組むようになりました。

3. あさひ学園での生活、思い出

土曜日のあさひ学園はいつも楽しみにしていました。帰る頃には声が出なくなるほどはしゃいでいました。日本語の体系が概ね出来上がった後の渡米でしたので、現地校で自分の言葉でうまく表現できないストレスは、やはり大きかったように思います。

あさひ学園の仲間で集まり、マジック・マウンテンにはよく遊びに行ったものでした。今から考えると「あいのり」のような集団デート以外の何物でもなかったですね。あさひ学園の帰りにそのまま友人宅でパーティーというのもありました。それらはなつかしい思い出です。

4. 自分のこれから

夢や希望はたくさんありますが、まずは原点となるモチベーションを失わないことを大事にしていきたいと思います。言葉にするとそう大したことでもないのですが、なかなか簡単なことではありません。自分のやる気、元気、根気を過信していると、いつか足元をすくわれてしまいますので、そうならないための工夫がそれなりに必要なのだと思います。

北海道には精神医療上の過疎地がまだまだたくさんあります。同じ働くのであれば精神科医がいなくて困っている地域で働きたい、そして困っている人たちと一緒になって困りながらも、何か少しでも楽しいことを見つけていけるような活動を展開したい、と思っています。具体的な地域や活動内容についてはまだ決まっていません。

5. 在校生へのメッセージ

難しいことかもしれませんが、「自分の判断で自分のできることをコツコツと積み重ね、それを大事にしながら」生きていって欲しいと思います。自分の判断であれば、基本的に何をやっても構わないと思います(もちろん自傷他害、器物損壊、その他触法行為はよろしくありませんが)。失敗した時にその都度軌道修正していけば、必ずや道は開け、確かなものが築き上げられていくでしょう。突然築き上げたものは突然崩れやすく、近道せずに「コツコツと」というのがポイントだと思います。

将来的に高い専門性の仕事に就きながら、母国語でない言葉をも自由に使いこなすことができるのならば、非常に重宝がられるでしょう。人間関係はコミュニケーションが全てです。損得勘定がベースの人間関係はその道のプロに任せるとして、自然な会話が自然にできるという能力は、相手に安心感を与えます。日本語と英語の両立は大変かとは思いますが、コツコツと努力を続けて両方に慣れ親しんでおくと、近い将来、必ずや自分を助けることになると思います。そういう私は、英語の勉強を一切止めてしまいましたが…

卒業生・同窓生便り一覧へ

PAGETOP