今から27年前、あさひ学園のバージル校に勤務しましたのが始まりです。担当は高校の国語でした。教師の免許は高校の生物なのに、どうして国語なのかなと思いながら、必死で教えました。アメリカに来る直前まで勤務していた仏大使館(東京)でものをはっきり言う教育を受けていたので、初めはなじめませんでした。その当時の清田校長に、教師のあり方についてよく指導されました。サンタモニカ校が開校され、今度は小学校の担任になり、理科でなくて多少困りました。大学の時から研究生で行っていた放射線医学総合研究所の先生方に「俺達は日本のブレインだ、理科で分からないことがあったら聞きに来い。」と言われていました。しかし、小学校を教えてみたら、授業は楽しかったし、生徒はとってもかわいくて、3月になると子供達との別れが辛く、涙がこぼれる位でした。
日本での教師の経験の無かった私は、あさひの補習校用の指導計画作成に参加し、日本の教科書が実に良くできていることを教わりました。日本語教室の指導や、ポピー・ひまわりのカルキュラムの立ち上げから参加し、特に国語の話す・聞く分野の教え方を学びました。又、日本への研修で、数学の教師として参加し、学芸大の付属中学校、ICUの参観をしたり現場の先生に指導の仕方を教授されたりしました。ニューヨークへの研修、全日制補習校の参観、派遣の先生による指導をうけました。それらを通して教師としてしっかり教育していただき、あさひによって教師として育てられました。ただし、最近は、あさひ内部の研修も充実してきており、外部での研修の必要性は、以前ほどではなくなっているように思います。
現地校には、自分の子供の為に約10年間、週に2,3回通い、教師の補助みたいなことをしてきました。いつもあさひと比較していましたが、あさひの方がきめ細かく指導しているし、生徒に対しても公平だし、いろんな意味で充実していると実感しました。コミニティカレッジのモアパーク大学では、1年間日本語をアメリカ人学生に教えました。頼まれて、高校へ、社会(日本について)の授業をしに何回か行ったこともありました。振り返ってみましたら、アメリカの生活はあさひによって育てられた教師でやってきた感じです。
2人の子供達をあさひにいれて、現地校との両立が大変で、一時はあさひを続けさせるのは親のエゴかと悩んだこともありました。しかしあさひで教育をうけ、卒業したお蔭で、2人共しっかりとしたバイリンガルの子供達になりました。日米の二つの社会、それぞれの友人も多いし豊かな人生が送れると思っています。あさひの先生方のお陰と大変感謝しています。あさひのご父兄に、教育は長い目でみないといけないと思うし、あさひは継続するだけでも十分価値があると言いたいです。
あさひは今年から主事補として働かせていただいています。前にやったことはあるのですが、今の主事補の仕事は、以前とはかなり違っていますので、周りの主事や主事補の先生方に助けていただいて、仕事をこなしています。
又、中1で数学のクラスを教えていますが、やる気十分の生徒達で喜んでいます。この生徒達に応えて、学力をもっと伸ばしていきたいです。「数学は教具できまる」と指導計画作成の時の派遣の先生に教わりました。できるだけ工夫し、具体的なものを使い、数学は難しくないもの、楽しいものと教えられたらと思っています。文章題の弱い生徒達に、「問題は何を尋ねているのか、大事な数値は何か」を常に確認しながら、教えるようにしています。
あさひで教師として育ててもらったこと、又、自分の子供達にもしっかり教育してもらったこと、感謝で一杯です。これからの教師生活の間、少しでも、それをあさひの生徒たちに返せたらといつも思っています。あさひの学習を通して、日本の文化をしっかりと身につけ、日本人としてアイデンティティをきちんと持ってもらい、それを土台として、国際社会で活躍できるような子供達を育成する。これが、あさひの新しい使命だと思っています。あさひは本当にすばらしい学園だし、長い伝統もあるし、ロスアンジェルスの最高の教育機関です。あさひ学園の発展の為に、生徒達の為に少しでも貢献できたら幸せです。 |