あさひ学園の思い出
平日は現地のハイスクールに通っていた私にとって、あさひ学園に行く土曜日は、何か特別な日でした。熱心な先生方のお陰で、日本と同じ教育を受けられることはもちろんのこと、日本とアメリカの両文化について心が通じる友達と会える日だったからです。子供ながらに現地校では多少の緊張感をもって一週間を過ごしていた私にとって、あさひ学園はいわば週末のオアシス的役割を果たしていたのでしょうか。その当時、あさひの友達と交換していた日記を読み返すと、ファッション、恋愛、日本での流行など、イラスト付きで楽しそうに綴られています。今でもあさひの友達と久しぶりに再会すると、まるでタイムスリップしたように、会話が弾みます。
Smith Collegeにて
日本人の友達の多くは、大学進学のために帰国しましたが、私はあえてアメリカの大学で学ぶ選択をしました。リベラル・アーツ・カレッジにおいて、私の可能性が最大限に生かされるであろうと思ったからです。特に、ニューイングランドの美しい町にある、Seven Sistersの一つ、Smith Collegeに憧れました。親元を初めて離れ、カリフォルニアからマサーチューセッツの大学寮に引越した時はさすがに心細く、ホームシックにもなりましたが、教授と学生の比率が1:12というこじんまりした環境にすぐ慣れ、毎日をのびのびと過ごしました。大学では政治学を専攻し、ハイスクール時代から続けていたドイツ語を副専攻にしました。3年の時にはハンブルグ大学(ドイツ)に留学をしました。なるべく日本語を維持するために、日本語の授業のTA (Teacher’s Aid) として、Smith Collegeや最寄のMount Holyoke Collegeで日本語を教えたりもしました。
国際弁護士を目指して
大学4年生になり、卒業後の進路につき随分悩みましたが、アメリカという訴訟社会を垣間見たせいか、法律に興味を持ち、Cornell Law Schoolに進みました。Cornellはニューヨーク州北部の風向明媚なところにありますが、冬はキャンパスにある滝が凍るほど寒いところです。ロースクールの同級生は本当に良く勉強をし、それにつられて、私も寝ている時と食事の時以外は勉強三昧でした。大変でしたが、判例を通じて、アメリカ人の考え方がより良く理解できたように思います。私の場合には、大学からすぐにロースクールに行きましたが、同級生の約半数は、大学卒業後、3〜4年就職をし、実務経験を有していました。ロースクールに入る前の大学時代の専門は皆、とても多様で、音楽を専攻していた人、経済を学んでいた人、と様々でした。どの学問が法学に役立つとは一概には言えないと思いましたが、実務経験があった方が法律の理解度が高まるように感じました。
アメリカでの司法試験は州ごとですが、私の場合はカリフォルニアで受験しました。カリフォルニアは全米で一番合格率が低いと言われていますが、それでも50%前後です。但し、ロースクールを卒業しないと受験資格が無いことを考えると、これはさほど高い合格率ではないのかもしれません。司法試験の勉強は、後にも先にもこれほど勉強をしたことが無い位、勉強しました。
卒業後はロスアンゼルスにも東京にもオフィスがある大手事務所のニューポートビーチ・オフィスに入りました。オレンジ・カウンティには当時、三菱自動車やマツダの米国本社があり、日本企業の仕事が出来ると思ったからです。そのうちに東京勤務になりたいと思っていました。しかし、91年の米国は不景気で、前向きの案件よりも、訴訟案件の方が多い時代でした。そこで、私も主に訴訟(litigation)を担当。初めて一人で法廷に立った時は緊張しましたが、litigation lawyerの仕事は刺激的で大変楽しいものでした。その後、香港、東京及びサンフランシスコに駐在になり、国際弁護士として仕事をしました。1999年には法律事務所のパートナー(共同経営者)に昇格しました。日本の顧客も多かったので、ビジネスで通じる日本語を学ぶ努力もしました。例えば、ビジネス文章の書き方について本で学んだり、日本語の新聞を読むようにしました。
企業内弁護士
2000年に帰国し、今は、東京の伊藤忠商事という総合商社で社内弁護士をしています。私の所属する法務部は大変国際的なところで、英語と日本語の両方が日常的に飛び交っています。企業内弁護士の主な仕事は、営業部からの法律相談に乗ったり、契約書を作成・交渉したりすることです。時には海外出張もします。伊藤忠の場合には、80カ国以上の地域で活動しており、取り扱っている商品やサービスも多岐にわたります。米国の買収案件を担当したかと思えばブラジルの訴訟案件に携わったり、と毎日が新鮮で、仕事が楽しくてたまりません。日本にいる以上は当然日本の法律も勉強しなければなりませんが、これは、社内外のセミナーに出席したり、独自に勉強したりしています。アメリカの法律事務所と日本の企業では、全く働く環境が違います。どちらが良いとは一概に言えません。法律事務所時代は高額の給料をもらう代わりに、時間のゆとりもなく、一人で働くことが多かったです。今はチームワーク中心で、独自のオフィスもありませんが、趣味を楽しむ時間のゆとりがあります。
女性の活躍
また、法律の仕事以外に、会社のダイバーシティー・プログラムにも取り組んでいます。日本の会社はまだまだ米国の会社ほど人材の多様化が進んでいません。特に、女性の経済貢献度(女性が会社のマネジメントに影響を与える度合)に関しては、日本は世界の中でも低い位置にあります。これを少しでも改善しようと、伊藤忠では女性に頑張ってもらうためのプログラムを実施しています。その一つが「メンタープログラム」(ロールモデル的役割を果たす先輩の女性社員が、後輩の女性社員の相談にのることを通じ、互いに成長することを志すプログラム)です。ハーバード・ビジネス・スクールの研究でも、ロールモデルがいる人の方が、ロールモデルのいない人よりも組織の中での昇進が早いことが認められています。伊藤忠でも、女性にロールモデルを示すことによって、彼女達に元気に働いてもらうことをメンタープログラム設置の目的としました。私もメンターの一人として、後輩社員の相談にのっています。他の日本企業もダイバーシティーに積極的に取組んできているようです。これは、日本における外資企業の影響もあるでしょうが、当然のことながら、少子高齢化問題も影響していると考えます。
社外活動
会社人間だけになってしまうと視野が狭くなり、良いアイディアも沸きません。職場以外のネットワークづくりが大切です。特に私の場合は日本の大学を出ていないため、頼れる先輩や後輩が日本にいません。そこで、なるべく積極的に会社の外に出るよう心がけています。現在は、慶應大学法科大学院と一橋大学大学院で非常勤講師として米国の法律について教えています。又、日曜日には教会の聖歌隊で歌ったりしています。
後輩の皆さんへ
アメリカからの帰国子女だと、英語が話せてあたりまえ、と思われます。逆にちょっと日本語が怪しいと、「あの人は帰国子女だから」と言われてしまいます。皆さんはバイリンガルになるきっかけをせっかく与えられているのですから、是非、美しい日本語と英語を話せるようにしてください。その為には、あさひ学園における教育がきっと役立つことでしょう。いつの日か、皆さんとお会いできる機会があることを楽しみにしています。 |